遅朝ノ灰 薬草ト空白

目覚ましの音はどこか遠い海の底で鳴っていた気がする。気づけば時計の針はもう昼を過ぎ、窓の光だけが「朝を逃した」と静かに告げていた。ニュースも英語も、今日こそはと棚に並べたはずの小さな習慣たちは、埃をかぶった本の背表紙みたいに、ただそこに在るだけだった。

午後は長い毛布のように体にまとわりつき、気合いの火種を探しても、指先に残るのはぬるい灰ばかり。気づけば夕方近くまで、時間は水たまりの表面を滑る風のように、形を持たずに通り過ぎた。何かをしていないのに疲れていて、疲れているのに眠れない、そんな矛盾の中で呼吸だけが正確だった。

それでも生活は、些細な儀式を要求する。袋を手にして外へ出て、捨てるべきものを捨てる。買うべきものを買う。おかずと、コーヒーと、そして薬草の匂いをまとった小さな希望。病院へ行く予定は、いったんその希望に預けた。白い壁と待ち時間の代わりに、紙袋の中の静かな処方がある。そこには「整える」という言葉が似合う気がした。

漢方には、資格という扉があるらしい。知ってしまうと、扉の向こう側が急に気になりだす。もし学べば、体のためだけじゃなく、会話のための灯りにもなるのだろうか。人は時々、明日を生きる理由を「話の種」という名の小さな種子に包んで持ち歩く。芽が出るかどうかは分からない。でも、ポケットの中で確かに温かい。

昼は食べなかった。空腹は意外と静かで、ただ胃の奥に透明な穴が空いているだけだった。夜になって、勢いで濃い味と重い量の山に向かった。久しぶりに大きな器に挑んだら、体が正直に「多い」と言った。最近の小さな食事に慣れた身体は、急な豪雨に打たれた土みたいに、うまく受け止めきれずに息を詰まらせた。それでも、食べたという事実だけが、今日の輪郭を少しだけ太くしてくれる。

やることの整理も、資料の読み込みも、結局は手つかずのまま。机の上には未開封の封筒みたいな時間が積まれ、開ける勇気だけが足りない。けれど、何もしなかった一日にも、ちゃんと匂いがある。コーヒーの苦さと、薬草の青さと、夜の満腹の重さ。今日が空っぽだったわけじゃない。ただ、言葉になりにくい形で満ちていた。

明日はどうだろう。今日の遅い朝を責めるより、遅れてやってきた光を撫でるように受け取りたい。捨てたものの分だけ、少し軽くなったはずだ。買ったものの分だけ、少し先の自分に橋を架けたはずだ。そう思いながら、まだ整っていない机の前で、整っていない心をそっと置いて眠る。


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この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、 生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。