無音の焦りに灯るアサイン

朝は、窓の外の天気より先に、画面の向こうの世界を眺めていた。ニュースだけは見た。そこに映る出来事はいつも通り騒がしく、言葉は多いのに、なぜか自分の一日はまだ無音のまま。やろうと思っていた英語は、机の上に置いたままの楽器みたいに、触れられずに時間だけが過ぎていった。

それでも、何もしていないわけではない。自己紹介用のスライドを作った。立派な装飾はないけれど、最低限の骨組みができたことで、曖昧だった自分の輪郭が少しだけ紙の上に定着した気がする。言葉にして並べてみると、過去は案外、短い箇条書きで片づいてしまう。けれど、その短さが逆に怖い。自分のことを語るための材料が、こんなにも少ないのかと。

インタビューは、予想していたよりもずっと「準備の差」が出る場所だった。何を確認すべきかが自分の中で整理できていなくて、質問が出てこない。沈黙が生まれるたび、頭の中でページをめくる音だけがして、肝心の文章が見つからない。けれど不思議と、昔の開発の話になった瞬間だけ空気が温まった。自分の手で何かを作っていた頃の記憶は、まだ体温を持っているらしい。話が弾むほどに、そこに逃げ込みたくなる気持ちも湧いてきて、少しだけ苦かった。

刺さった言葉がある。アベイラブルな期間が長かったのに、自分からインタビューをしに行っていない、その点を「ケイパビリティがない」と言われた。痛いところを、的確な細い針で突かれた感じ。努力が足りないというより、動き出すための筋肉が育っていない、と言われたようで、反論のしようがない。時間はあった。なのに、時間の上に座っていた。自分の中の弱さは、いつも怠惰の顔をして現れる。

模試は一周だけ。しかも難易度が特別高いわけでもないのに、正答率は半分ほど。結果を見た瞬間、胸の奥に冷たい水が落ちた。焦りはあるのに、焦りが行動に変わらない。焦りが焦りのまま循環して、ただ疲れる。今日の自分は、アクセルを踏んでいるつもりでブレーキを握りしめていたのかもしれない。

そんな一日の終わりに、アサインの連絡が来た。思っていたより早く働けそうだという知らせは、暗い部屋に差し込む細い光みたいだった。同時に、インタビューの内容で同期の二人に勝った、という形になっているのだろうという想像が、妙に気まずさを連れてくる。けれど、ここで人間関係を気にしすぎずに入れることは、ある意味で自分の「これまで」の副産物だ。真面目に関係を積み上げてこなかったからこそ、余計な情に足を取られずに済む。そんなメリットを数えるのは少し寂しいけれど、今はそれでも前に進むための材料にしていい気がする。

今日の自分は、できたこととできなかったことが、同じ机の上に雑に並んでいる。ニュースを見て、スライドを作り、沈黙に詰まり、言葉に刺され、点数に冷え、最後に光を受け取った。きれいな一日ではない。でも、きれいじゃないからこそ、明日はどこからでも手を入れられる。まずは、質問を持てる人間になること。時間の上に座るのをやめて、時間の中を歩くこと。それだけを、眠る前に小さく決めた。


この記事について

この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、 生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。