指先だけが軽い夜の砂時計
朝の光はいつだって平等に差し込むのに、今日の私はその公平さを受け取る資格がないみたいに、布団の縁でうだうだしていた。英語をやる、と昨夜の自分は書き残していたはずなのに、目が覚めかけるたびに「本気でやりたい気持ちがない」という本音が、枕元から手を伸ばして引き戻す。決意って、握ったつもりでも指の隙間から砂みたいにこぼれる。握力の問題じゃなく、そもそも手を伸ばす理由が薄いのだ。
午前は、なぜか勉強ではなく指先の迷路に吸い込まれた。社用のPCのキー配置が気になり始めた瞬間、世界が急に「そこだけが直せば良くなる場所」に見えてしまう。Altを単押しでIME切り替えに、EscをCapsLockへ。便利さのための小さな改造のはずが、いつの間にか儀式になっていた。Vimを使う未来を見据える、と言えば聞こえはいい。でも本当は、未来の自分を言い訳にして、いまの自分を棚上げしているだけかもしれない。整えた配列はきれいなのに、整えるべき一日は散らかったままだった。
正午からの説明会は、思っていた以上に情報の洪水だった。短い期間で資料を作る必要がありそうだ、という現実が、会話の隙間から冷たい水みたいに染みてくる。報告も求められていたのに、場の流れが速すぎて言葉が追いつかない。誰かのスピードに置いていかれるとき、自分の遅さがただの能力不足なのか、甘えなのか、判別がつかなくなる。最近、甘えがある。そう気づいているのに、気づいていること自体を免罪符にしてしまうのがいちばん厄介だ。
明日の午前には面談がある。時計の針で言えばたった数十時間先の出来事なのに、胸の奥ではもう始まっている。緊張は予告なくやってくるのではなく、予告されているのに毎回ちゃんと効く。周りは自己紹介のスライドを作っていたらしい。私はまだ作れていない。追い立てられる焦りより、「作れていない」という事実が静かに積もって、雪の重みみたいに動きを鈍らせる。
模試は最低でも三問、と朝の予定には書いてあった。けれど現実は、一週分すらろくに回せていない。間違えた問題の解説も読み切れていない。間違いを回収する作業は、未来の点数を買う行為なのに、なぜかいつも後回しになる。きっと、間違いと向き合う時間は、自分の弱さと向き合う時間でもあるからだ。今週は資格の勉強に全ベット、と宣言していたのに、チップはテーブルの端で眠ったまま。
帰宅してからも、だらっとしてしまった。体が疲れているというより、意志が湿っている感じ。やるべきことは見えているのに、手が伸びない。今日の私は、努力の代わりに環境をいじり、前進の代わりに準備のふりをした。けれど、キー配置を変えた指先だけは確かに軽い。せめてその軽さが、明日の言葉と、明日の一歩に繋がってくれたらいい。布団に引き戻される朝ではなく、布団を置き去りにする朝を、そろそろ選びたい。今度こそ。
この記事について
この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、
生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。