やるべきことの外周をぐるぐる回った日、明日の自分に釘を打つ
気づけば、今日という一枚の紙はもう夕方の色を帯びていた。時計の針が沈みかけた光を拾っているのに、こちらは何も拾えていない。机の上には、やるべきことが「ある」だけで、やったことは「ない」まま。頭の中で鳴る小さな警報音を、聞こえないふりでやり過ごしていた。
さすがに、と自分に言い聞かせた。ここで立ち上がらなければ、明日の自分が困る。わかっている。わかっているのに、勉強机に向かうより先に、別の引き出しを開けてしまう。やる気がないときに限って、部屋の片づけを始めたくなる、あの不思議な衝動。今日はそれが「記録の整頓」という形で現れた。試験の履歴を並べ替え、過去の自分の足跡に指で触れていく。整然と並んだ文字は、確かに前へ進んでいるように見える。けれどそれは、歩いたのではなく、地図をきれいに折り直しただけかもしれない。
夜になって、ようやく「勉強」と呼べるものに手をつけた。と言っても、やったのは模試だけ。模試は便利だ。短時間で成果のようなものを与えてくれるし、点数という形で慰めにもなる。でも、模試は鏡であって、顔を洗う水ではない。明日の試験を思うと、これだけでは心もとない。鏡の前で髪型だけ整えて、泥のついた靴のまま玄関に立っているような気分になる。
それ以外の時間、意識は別の世界へ逃げていた。推理と絶望が交互に瞬く、誰かの物語の配信を眺めていた。画面の中では次々と事件が起き、言葉が刃物みたいに飛び交う。こちらはただ、座って見ているだけなのに、妙に疲れる。現実の課題から目をそらすために選んだはずの娯楽が、気づけば別の種類の緊張を連れてくる。それでも見てしまうのは、他人のドラマの中にいる間だけ、自分の明日が少し遠のくからだ。
結局、今日の私は、やるべきことの周りをぐるぐる回っていただけだった。中心に飛び込む勇気が足りず、外周を歩きながら「動いている」と自分に言い訳していた。それでも、最後にひとつだけ決めた。明日の朝、ちゃんと勉強する。夜の誓いは朝になると薄れることを知っているからこそ、今ここに書いて釘を打つ。明日の自分が、この文章を言い訳ではなく、合図として読めますように。
この記事について
この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、
生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。