夜にシャワーを浴びた日は、だいたい考えすぎている

夜は、思考が勝手に別の顔を被りはじめる。言葉に性格を着せ替える遊びを調べていた。賑やかな仮面、重たい仮面、匿名の仮面。どれも声色が違うだけで、言っていることは同じなのに、届き方はまるで別物だ。そんなことを行ったり来たり考えていたら、時計はもう深夜を通り越していた。眠るべきだ、と頭では分かっているのに、脳内はまだ祭りの後片付けをしている最中だった。

朝は九時前。平日ならもっと早く起きているはずの時間だ。体は正直で、休日のゆるみを全力で受け取りにいく。夜の検索履歴が朝に影を落とすのも、たぶん人間らしい。理性と欲望の間で迷い、結局選んだのは物語性のある刺激だった。誰かが隣にいたら、この溜め息は別の方向へ向かうのだろうか、と自問するが、答えは保留のまま流し台に置かれる。

生活は細部でできている。乾燥機が揺れて壁に触れそうで、終わったら少し左へ寄せると決める。手続きは一方が滑らかな分、もう一方の角が立つ。後出しの注意事項に、内心で小さく舌打ちする。それでも、ふとした映像で腹の底から笑ってしまい、今日はそれで十分だと思えた。

街角の香ばしさには行列ができる。人の波が引いた時間だけ、店は静かに呼吸をしている。学びの方針を決め、道具の癖に首をかしげ、記録が勝手に公開される仕組みを整えた。昼から夕方まで没頭して、気づけば本来やるはずだった勉強は机の端で眠っている。それでも、形になったものが一つあるのは確かだった。

家では、きしむ金属にねじを当て、完全には閉まらない扉をなだめる。端末ごとに役割を分ける判断をし、読むべき本を選び切る。甘酸っぱい調味で煮た肉は思ったより健気で、夜のシャワーは久しぶりの贅沢だった。排水口に絡む毛を見て、今日という一日の雑味がすべてそこに集約された気がした。

音楽が耳に残り、結局やるべきことはやれていない、と笑ってみる。でも、何も進んでいないわけじゃない。配属を待つ空白の時間が、別の下地を育てていたのだと、ようやく腑に落ちた。焦りはあった。後悔の芽も見えた。それでも、その期間があったから、今の手触りがある。

今日はここまで。眠れなければ、画面の向こうの講座を流すかもしれない。夜はまた仮面を選びに来るだろう。選ぶ自由がある限り、日記は明日も続く。


この記事について

この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、 生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。