布団沼とポケット花火

朝は、目覚ましの音が遠い国のニュースみたいに聞こえた。英語もニュースも、やるはずだったのに、布団という柔らかい沼に足首を掴まれて、気づけば予定表の文字だけが先に起きていた。今日の私は、スタート地点に立つ前から息が上がっているランナーみたいで、少しだけ情けない。

それでも、最優先にしていた資料づくりには手を伸ばした。手を伸ばした、というより、指先を吸い込むようにキーボードへ落としていった。画面の中で言葉を組み立てる作業は、積み木遊びに似ている。最初は簡単そうに見えるのに、いざ積み上げると、ほんのわずかな角度の違いで崩れる。結局、送れる形になったのは夕方。時計の針が「まだ?」と責めるように進んでいくのを横目に、私はただ「時間って、こんなに薄くて速いんだ」と思った。遅い。遅すぎる。けれど、遅さの中にも、確かに積み上がったものがある。

残った時間は別の資料を探っていた。新しい土地の地図を広げるような気分で、公式の文章や断片的な情報を拾い集める。資格のこと、学習計画のこと、実機でどこまで触れるか、通信の境界にある“見えない線”をどう確かめるか。頭の中に、まだ建っていない建物の設計図だけが増えていく。未来の自分が迷子にならないように、今の自分が道標を立てている、そんな感覚。

帰り道、ふいに声をかけられた。資格のこと、実機を触った経験のこと。何気ない問いなのに、胸の奥で小さな花火が鳴った。もしかすると、これから何かに呼ばれるのかもしれない、という予感。最近、資格への熱が冷めかけていたのに、「やる理由」が外から届くと、こんなにも心は軽くなるのかと思う。動機って、内側で育てるものだと信じていたけれど、案外、風みたいに外から吹き込んで火を起こすものでもある。

夜の本選びは、結局決められなかった。漫画か、SFか。どちらも、現実から少しだけずれた場所へ連れていってくれる。今日は現実に追いつくので精一杯だったから、逃避先の扉を選ぶ余裕がなかったのかもしれない。

食卓では、韓国のりが危険だった。気づけば手が伸びて、口が動いて、無限という言葉が比喩ではなくなる。そんな中で作った温玉が、妙に良かった。完璧じゃない一日でも、黄身がとろりとほどける瞬間だけは、ちゃんと幸福の形をしていた。

そして、嬉しい連絡もあった。以前、自分が作ったツールを参考にしたいと言ってくれた人がいて、その人のツールが完成したらしい。自分の手の届く範囲で作ったものが、誰かの手の届かない場所を照らす。自分が「欲しい」と思って作ったものは、現場のかゆいところに自然と手が届く。時間や日付のブレを客観的に確認できる、そんな地味だけど確かな価値が、別の誰かの作業を少しでも楽にしたのなら、それは今日いちばんの救いだ。

朝は起きられず、送信は遅れ、計画はまだ設計図のまま。それでも、帰り道の花火と、温玉のとろみと、誰かの完成報告が、今日を「失敗」だけで終わらせなかった。明日はもう少し早く走れるだろうか。少なくとも、走る理由の火種は、ちゃんとポケットに入っている。


この記事について

この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、 生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。