薄氷ユートピアの合格石

朝から胸の奥に小さな石を抱えたまま過ごしていた。転がしても転がしても、どこかで引っかかるあの感じ。結果が出るまでは、いつもそうだ。画面に表示された文字を見た瞬間、石がほどけていくのがわかった。AZ-305に受かった。合格。たった二文字なのに、今日はそれだけで空気の密度が変わった。

ただ、手放しで喜べるような勝ち方ではなかった。思ったよりギリギリで、薄氷の上を走り抜けたような感覚が残る。AZ-104より「やっていること」は簡単に見えて、だからこそ油断した。難しさが派手じゃないぶん、静かに足を取られる。勉強は、相手が強そうに見えると身構えるのに、相手が穏やかそうだと近道を探してしまう。結局、近道の先に待っているのは、いつも同じ種類の冷や汗だ。

帰り道、気持ちを落ち着かせたくて美術館に寄った。大きな企業の名を冠した場所で、展示のテーマはたしか「ユートピア」だったと思う。けれど、目の前に並んでいたのは、夢の国というより、生活の匂いがするものばかりだった。理想郷は雲の上にあるのではなく、台所の隅や、誰かの手のひらの上に転がっているのかもしれない。庶民的で、現実的で、だからこそ妙に刺さる作品が多かった。

芸術の教養がない自分は、作品の前で賢そうな言葉を持てない。これは何派で、何が引用で、どんな文脈で——そういう扉の鍵を持っていない。ただ、わからないなりに眺めていると、「わからない」を抱えたままでも立っていられる場所があることに気づく。意味を解くより先に、気配に触れる。説明できないまま、少しだけ心が整う。今日の自分には、それで十分だった。

帰宅してからは、買い物をして、ついでにいくつか片付けて、明日の準備もして——と頭の中では立派な段取りが並んでいたのに、現実の自分はそれらを一つも回収できなかった。気づけば、椅子と体が仲良くなりすぎて、時間だけが滑っていく。合格の余韻に浸ったというより、緊張がほどけた反動で、糸が切れた人形みたいになっていた。

それでも、今日は悪い日ではない。ギリギリでも、越えた。理想郷の展示を見ながら、現実の手触りの中に小さな光を探す目を、たぶん自分も持っているのだと思った。完璧にできなかった買い物や家事は、明日に回す。今日のところは、薄氷を渡りきった足を、ちゃんと休ませてやることにする。


この記事について

この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、 生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。