昼の罪と冷たい雨の情報
朝、というより昼過ぎに目を覚ました。窓の外の光がすでに「一日を半分使い終えたよ」と告げていて、布団の中でそれを聞いた瞬間、胸の奥が小さくひゅっと縮む。今日は体が鉛みたいに重くて、結局、仕事は休んだ。休むという選択は、必要なはずなのに、どこかで罪悪感が尾を引く。けれど、無理に立ち上がっても、心が空回りするだけの日がある。そういう日を、私は知っている。
本当は、やることがいくつも並んでいた。語学を少し、ニュースを追うこと、資格の復習、別の問題集、去年の資料をめくって成果物を形にすること。机の上に積まれた「やるべきこと」は、整然とした顔でこちらを見ているのに、私はそれに視線を合わせられない。結局、今日やったのは、予定表を眺めたくらいだった。WBSという言葉の整った骨格だけが、空っぽの体に貼り付いて、妙に滑稽で、少し痛い。
時間はだらだらと流れた。スマホを手に取っては置き、置いてはまた手に取る。指先だけが忙しく、心はどこにも向かわない。気づけば政治系のコンテンツを延々と見ていた。刺激が強くて、怒りや不安を簡単に呼び起こすものほど、目を離しにくい。情報を浴びるたびに、自分が賢くなったような錯覚があるのに、実際には何も残らない。むしろ、心の表面がざらついて、疲労だけが積もっていく。せめて受け取るだけではなく、何かを返したい。短いメモでも、考えの整理でも、誰にも見せない文章でもいい。アウトプットという小さな火種がないと、情報はただの冷たい雨になる。
昼と夜の境目が曖昧な時間に、つけ麺を食べた。濃い味が舌を支配して、一瞬だけ現実に引き戻される。けれど食べ終わると、器が残った。洗い物という名の現実。次からは選ばないでおこう、と思う。こういう小さな決意が、今日の私には妙に大きい。立派な目標より、明日の自分を少しだけ楽にする選択のほうが、今は必要なのかもしれない。
それでも、心の底には別のテーマが沈んでいる。緊張、そして自信のなさ。人前で何かをするわけでもないのに、常に肩が上がっている感じがする。抗不安剤という言葉が頭をよぎる。薬に頼ることへのためらいと、頼りたい気持ちが、綱引きをしている。強くなりたいのではなく、ただ、無駄に怯えずに済む時間がほしい。自分の輪郭を、必要以上に縮めないでいられるように。
今日という日は、成果物も進捗もほとんど残さなかった。けれど、だるさに正直になったこと、情報の浴び方に疑問を持ったこと、器を洗いながら小さく反省したこと、その全部が、かろうじて生きている証拠みたいに思える。明日は、予定表を眺めるだけで終わらないように。ほんの一行でも、何かを外に出せるように。眠り直す前に、静かにそう願った。
この記事について
この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、
生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。