速さより確かさを選んだ日:自分の歩幅を取り戻すまで

朝は机に向かったはずなのに、画面に映る作業表をぼんやり眺めただけで終わってしまった。英語は手つかず。やるべきことの列だけが、冷蔵庫の中の賞味期限みたいに静かに増えていく。頭のどこかで「今日こそは」と言っているのに、体のほうは「まあ、明日でも」と言い返す。その小競り合いのまま、時間だけが先へ進んだ。

資格の模擬試験は二つ解いた。解いた、というより、解き終えるまでに時間を吸い取られた。問題文を読み、選択肢を比べ、確信が持てないまま戻り、また読み直す。砂時計の砂を一粒ずつ指で拾い上げるような作業で、終わったときには達成感よりも、遅さへの苛立ちが残った。知識が足りないのか、迷い癖が足を引っ張っているのか。どちらにせよ、結果より先に「自分」に疲れてしまう。

一方で、実機の演習については光が見えた。スターターキットの内容がちょうどよく、手を動かすための入口としてはこれ以上ない気がする。今週は、模擬試験を一つだけにして、残りの時間を実機に回す。毎日の予定を、詰め込みではなく呼吸のリズムに合わせて組み直す。ユーザ作成、性能まわり、外部接続。言葉にすると硬いのに、触れると手触りがあるはずの領域。画面の中に、ちゃんと「現実」を取り戻したい。

昼間、斜め前の席に、名前だけ知っていた人が座った。こういう偶然は本来うれしい。世界が少しだけ狭くなって、遠かった点が線になる瞬間だから。けれど同時に、関係が生まれていくことへの面倒くささと緊張も湧く。近づくほど、期待や誤解や気遣いが増える。人と人の間に張られる見えない糸が、嬉しさと同じ強さで肩に食い込む。

さらに、別の場面で、外国の人に話しかけられた誰かが、さらっと英語で返していた。あまりに自然で、かっこよくて、見惚れるより先に胸が沈んだ。「できる人」を見た瞬間、自分の不足が鏡みたいに浮かび上がる。尊敬と自己嫌悪が同居して、どちらも本物だから厄介だ。

夜、帰ってから動画の切り抜きを見た。何度目かの章なのに、やっぱり面白い。そして、あるキャラクターの言葉が、今の自分に刺さった。英雄になる必要はない。無理に認められなくてもいい。比べて責めて嫉妬して、そういう回路に落ちていく自分を、そっと抱き上げて別の場所へ連れていくような言葉だった。自分の最大の応援者は自分自身だ、という当たり前を、今日の自分は忘れていたのかもしれない。

明日は、速さよりも確かさを。誰かの背中を見て縮むのではなく、自分の歩幅を取り戻す。らーぶ、らーぶ、と、心のどこかで小さく唱えながら。


この記事について

この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、 生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。