深夜の物欲と動画の蛇口を閉めたくて――温玉ひとつが救った日
深夜一時、部屋の明かりだけがやけに白く感じた。画面の向こうでは、まだ見ぬ機械の骨格がきらきらしていて、私はそれを眺めながら「いつか」の値札を指でなぞっていた。高性能な部品を積み上げれば、軽自動車みたいな金額になるらしい。けれど今すぐ必要なわけじゃない。必要なのはたぶん、欲しいという気持ちを正当化してくれる物語のほうで、私はその物語を探すふりをして、ただ検索の海を泳いでいた。
気づけば夕方。起きたというより、浮上した。布団からではなく、短い動画の連なりから。数秒ごとに切り替わる笑い声や驚きの顔、家族ごっこのような平和な断片が、脳の柔らかいところを撫でていく。そこに身を預けていると、時間は砂時計ではなく、開けっ放しの蛇口になる。止めようと思えば止められるのに、指が動かない。動かない指の代わりに、日が傾いていった。
「とりあえず」と言い訳を添えて、必要なものだけを通販で買った。必要なものだけ、という言葉は便利だ。生活の最低限を整える行為に見せかけて、実際は今日という一日を免罪符にする。カートに入れ、決済し、完了の文字を見た瞬間だけ、私は少しだけ“やった側”に立てる気がした。
けれど、その直後に現実は小さな棘を刺してくる。昨夜眺めていた部品が売り切れていた。しかも値段が跳ね上がっている。欲しいものは、欲しいと思った瞬間に手の届かない場所へ走っていく。さらに、別の買い物ではポイントを使う設定にしていなかったことに気づく。取り返しのつかないほどではないのに、胸の奥がじわっと痛む。自分の不注意が、紙で指を切ったみたいに地味に沁みる。
そんな日にも、ひとつくらいは成功がある。夜、鍋の中で揺れる卵が、ちょうどいい具合にとろりと仕上がった。殻を割った瞬間、湯気と一緒に小さな達成感が立ち上る。世界が全部うまくいかなくても、温度と時間だけは裏切らない。たったそれだけのことで、今日を完全な失敗にしないための杭が一本、心に打ち込まれた気がした。
その勢いのまま、日記を自動でまとめる仕組みに手をつけた。生活は散らかっているのに、記録だけは整えようとするのが可笑しい。鍵の扱いで少し手間取り、見えない扉の前で右往左往したが、最後にはちゃんと開いた。画面の中で動き出した小さな自動化は、怠け癖の私を叱るというより、「また戻っておいで」と言ってくれる装置みたいだった。
けれど、今日の予定表に書いていたことは、ほとんど紙の上に置き去りだ。午前中の買い出しも、語学も、資格の勉強も、どれも手をつけていない。反省という言葉を口にすると、反省した気になれるから怖い。明後日からまた仕事が始まる。大丈夫か、と自分に問いかけても、答えるのは結局、明日の自分だ。
深夜、部屋は静かで、通販の履歴と短い動画の残像だけが賑やかだ。今日の私は、遠い未来の高価な機械を眺め、目の前の小さな課題から目をそらした。それでも、温玉ひとつ分の成功と、仕組みが動いたという事実が、かろうじて私を支えている。明日は、蛇口を閉める指が動くといい。ほんの少しでいいから、時間を自分の手に取り戻したい。
この記事について
この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、
生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。