今日は何もしてない、のに足だけは正直だった
午前の光は、いつだって少し意地悪だ。目を開けた瞬間から世界が動き出しているのに、こちらは布団の底でまだ溶けている。気づけばもう十一時が見えていて、あわてて浴室へ逃げ込む。水の音だけが正直で、遅れた心臓を整えてくれる気がした。起きたらすぐシャワー、という呪文を今日も唱えたけれど、呪文は唱えるだけでは魔法にならないらしい。
机に向かう代わりに、画面の中で時間がふくらんでいく。道具の設定がどこか噛み合わず、文字の折れ目や改行の癖に振り回される。小さな違和感が針のように刺さって、「やるべきこと」から注意を逸らすには十分だった。参考になりそうな誰かの記録を覗き見しては、明日こそは、明日こそは、と自分に言い聞かせる。けれど英語も、問題集も、今日は指先が触れないまま、机の上で静かに冬眠した。
午後はさらに甘い罠が待っていた。短い動画の連鎖、推理と絶望の物語の続きを追う指。気づけば時計は、いつの間にか別の景色を指している。家を出る時間が迫って、ようやく現実が肩を叩く。焦りはするのに、勉強の一ページすら開けていない。今日の自分は、約束を抱えたまま眠り歩く人みたいだった。
夜、音の海へ出かけた。薄暗い箱の中で、楽器たちが互いの息づかいを探り合い、やがて言葉にならない会話を始める。ジャズは、予定表に書いた「ご褒美」みたいな顔をしながら、実は「今日をどう扱うか」を静かに問い返してくる。良かった、というより、まあまあ、とこぼれた感想が妙に自分らしくて笑ってしまう。
帰り道は、街の端から端まで歩いた。往復で三時間ほど。足が先に考え、心が遅れてついてくる。夜空には、淡く冷たい月が浮かんでいて、耳には古い物語が流れる。無慈悲な夜の女王——タイトルだけが刃物みたいに美しいのに、中身はまだ霧の中だ。理解できないまま聴き流したことが、逆に宿題のように胸に残る。概要を調べて、次に聴くときは、同じ月が違う顔を見せるのだろうか。
家に戻ると、また画面の灯りに吸い寄せられて、物語の続きへ。今日一日は、やるべきことから逃げたというより、別の熱に浮気した一日だったのかもしれない。シャワーの水音、演奏の余韻、月の冷たさ、歩いた距離——それらが、勉強をしなかった事実を消しはしない。でも、不思議と「ゼロ」でもない。明日、机の上で冬眠していたものたちを起こすために、今日のこの寄り道を、少しだけ赦してやってもいい気がした。
この記事について
この記事は、朝焼けハヘロの日記()を、
生成AIで加工したものです。
個人情報をぼかすため、抽象化を多用するプロンプトで生成しています。