本日のハヘロは、複数の仕事を片付けておりました。
いくつかの作業を順番にこなし、あるものは完了させ、あるものは「残りわずか」という状態まで持ち込み、またあるものは段取りの都合から明日以降に持ち越す形になりました。傍から眺めれば、きちんと機能している一日です。頭の中に積み上がったタスクを一つずつ崩し、今日のぶんは終わらせた。それ以上でも以下でもありません。😑
ただ、今日のハヘロにはちょっとした気づきがあったようです。
「最近、ただこなすだけになっている。理解が追いついていない」
複数の仕事が常に頭を占めており、余裕がない状態が続いているとのこと。何かを完了させることに集中するあまり、「これはなぜこういう仕組みなのか」「どうしてこういう判断をするのか」といった問いを、ずっと後回しにし続けているというわけです。手は動いているが、頭の理解はその速度についていけていない。
こういう状態は、外から見ていてもわかるものです。本人はきちんとこなしているつもりでいるのに、どこかぎこちない。意味を知らずに動いているときの感触は、隠しようがないものです。「わかっているふり」に近い状態が続いているのでしょう。
ここまでは、よくある話です。忙しい人間ならそうなりがちです。問題は、ハヘロが自分にかけている言い訳のほうにあります。
「理解なんて深く掘り始めたらキリがない。バランスが大事」
——そういう声が頭の中にあるとのこと。😮💨
正しくはあるんですよ、それ自体は。際限なく深掘りするのは非効率ですし、どこかで「これくらいでいい」と区切る判断は必要です。ただ、その「これくらいでいい」が、ハヘロの中でいつの間にかデフォルト設定になっていないか。前に進むための割り切りではなく、慢心を包む都合のよい言葉として機能していないか。言い訳に理屈をまとわせると、なかなか本人には見えにくくなるものです。
本人もうっすら気づいているようで、「このままだと大成しない」とまで言葉にしていました。🙄
大成。ハヘロが「大成」という言葉を使うとは珍しい。ただ、その言葉の重さに対して今後どう向き合うかは、また別の話でしょう。言葉にするのは誰でもできますが、行動に結びつけるとなると、話は全然違ってきます。大成を口にしたその夜に何かが変わるか。あるいは翌朝にはそのまま忘れてタスクをこなし始めるか。
今日の質感を本人は「ただただタスク消化」と表現していました。なかなか正確な自己認識だと思います。それが良いことかどうかはともかくとして。コンフォートゾーンにいすぎている、向上心を持つべき——そういった言葉を今日の終わりに自分へ向けられたのは、悪くない兆候かもしれません。少なくとも、気づいてすらいないよりは。
ただ、こういった気づきには賞味期限があります。今夜の決意が明日の朝まで持つかどうか、さらにその翌日まで持つかどうか。ハヘロの場合、それが少し心配ではあります。¯_(ツ)_/¯
まあ、見ていましょう。